大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和41年(し)59号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

弁護人谷田部正、同浜田武司の抗告趣意一について。

所論は、刑法二六条二号が憲法三九条後段に違反するというのである。

しかし、刑の執行猶予の判決は、刑の執行猶予を継続するのにふさわしくない法定の事由が存在するに至り又はその存在することが明らかになつた場合には、その言渡を取り消して刑の執行をすべきものとして、刑の執行を一定期間猶予するという内容の判決であるから、右の法定事由が存在するに至り又は存在することが明らかになつたため、刑の執行猶予の言渡が取り消されることになつたとしても、それは、刑の執行猶予の判決に内在するものとして予定されていたことが実現したというだけのことであつて、処罰はあくまで一回あるだけであり、同一の犯罪について重ねて処罰するものではないといわなければならない。したがつて、所論違憲の主張は、採ることができない。

同二について。

所論は、刑法二六条二号にいう「猶予ノ言渡前」の解釈に誤りがあるというのであつて、刑訴法四三三条の抗告の適法な理由に当らない(右にいう「猶予ノ言渡前」とは、刑の執行猶予の判決の確定前という意味に解するのが相当である。もし、そうではなく、刑の執行猶予の判決の宣告前という意味に解すると、その宣告前に他の罪を犯し禁固以上の実刑に処せられたときは刑法二六条二号により、また、刑の執行猶予の判決の確定後に他の罪を犯し禁固以上の実刑に処せられたときは同条一号により、それぞれ刑の執行猶予の言渡が取り消されることになるのにかかわらず、両者の中間である判決の宣告後その確定前に他の罪を犯し禁固以上の実刑に処せられたときは、刑の執行猶予の言渡を取り消すことができないという事態を生ずることになる。このような不合理な事態を生ずることは、刑の執行猶予制度の趣旨の全般からみて、法の予期するところではないというべきである。)。

よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(横田正俊 入江俊郎 奥野健一 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎)

弁護人谷田部正、同浜田武司の抗告趣意

一、刑法第二六条第二号の規定は憲法第三九条後段の規定に違反する。

憲法第三九条後段は「又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と定めている。これは一事不再理の原則或いは二重の危険におかれない原則と言われているものである。そして、この意義は何人も刑事被告人として一たび犯罪について実体的の裁判を受けてその裁判が確定した以上、同一の犯罪について、その後、自己不別益において再び二重の危険にさらされて、重ねて刑事責任を問われる審判を受けることは絶対にないことを憲法上保障したものである。

即ち、刑事々件では一事件は有罪であろうと無罪であろうと一審判、一危険で済してしまい、再審判、二重の危険におかないという憲法上の原則を明らかにしたものである。

刑法第二六条第二号は「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレ其刑ニ付キ執行猶予ノ言渡ナキトキ」は執行猶予の言渡しを取消すべきものと定めている。即ち、執行猶予の判決が確定した後において、その猶予の言渡前に犯した他の犯罪について、禁錮以上の刑に処せられた場合には確定判決を変更して執行猶予の言渡を取消すことができる旨定めているのである。しかしながら刑の執行猶予は元来、刑の執行の方法に関するものであつて、刑そのものではなくとも、刑そのものと同一視すべきものと考えなければならない。

昭和二六年八月一日最高裁大法廷判決も第一審懲役六月、執行猶予三年の判決が第二審において禁錮三月に変更された事件について、執行猶予をとつた第二審の刑は不利益変更禁止の原則に反し重くなつたとして原判決を破棄しており、刑の執行猶予を刑と同一視しているのである。また一般社会通念から見ても執行猶予を取消されて刑を受けるかどうかは重大な質の差があるのである。

このように一旦確定した刑の執行猶予の判決について、本号の条件に該当するときは執行猶予の言渡を取消すべしというのは同一犯罪について被告人の不利益のために重ねて刑事責任を問うものであつて、憲法三九条後段に違反して効力を有しないものといわなければならない。

二、原決定は刑法第二六条第二号の解釈を誤つている。

即ち、原決定は同号の「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニツキ」とあるうち、「猶予の言渡前」を「猶予の言渡確定前」の意に解している。その理由とするところは、右「猶予ノ言渡前」とあるを厳格に猶予の言渡以前と解すると執行猶予判決の言渡後、確定までの間になした犯罪については、たとえ禁錮以上の刑に処せられ、その刑につき執行猶予の言渡がないときでも刑法第二六条の第一号、第二号のいずれも該当せず、刑の執行猶予の言渡が取消されないという不合理な事態を生ずるからと言うにある。確かに同条一号で「執行猶予期間中」に犯罪を犯し実刑判決を受けた場合は、さきになされた刑の執行猶予の言渡は取消されるのに、それ以前の猶予の言渡後判決の確定前に犯罪を犯した場合は取消得ないと言うのは一見不合理であるとも解されようが、不合理であるからと言つて「言渡前」を「言渡確定前」と読替えることは著るしい拡張解釈であつて、被告人に重大な不利益をもたらすのであり、罪刑法定主義に反する。

また、刑法においてはその第四五条で「確定裁判ヲ経ザル……」と規定して明らかに判決の「言渡」と「確定」を区別しており、特に本号についてのみ「言渡前」を「確定前」と読替えることの方が解釈としても、より不合理であると言わなければならない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例